チップ、ありがとう
{ロケットの樹の下で}虹の橋へ
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2001.3.25 |
3月24日夜9時過ぎに入院させました。 点滴をして様子を見るということでしたので置いて帰ってきました。 家に着くと同時に電話が鳴りました 「チップちゃんの心臓が停止しましたが蘇生をして持っています。 すぐ来てください。」という声がしているのですが、信じられません。 「え〜何で今置いてきたばかりなのに。」パパはお風呂に入ろうと 二階に下着を取りに行ってました。勿論、すぐ行きました。 置いてきた時はこれで、安心と思っていましたのでまさか! 病院に行くのが昨日なら助かっていたかも、早くに手術をしていたら助かったかも等頭の中はパニックでした。 今年と違い,まだ道路に雪がありました。夜道です。パパには安全運転してもらわなければ。20分の道のりですが、考える事が沢山ありました。 病院に着くと先生方全員で見てくださっていました。 チップは私たちを本当に待っていてくれました。器具につながれては居ましたが、先生が「チップは今は自分で呼吸していますがこれは注射をしているからです。」と。口から入っている管が苦しそうに見えました。 私達が着くまでと先生も頑張ってくれていました。それが良く分かりましたので「もう結構です」と言ってしまいました。これ以上してもチップは戻ってきません。だんだん身体が冷たくなり硬くなってくるのが分かりました。 でも、死んだなんて思わなかったし思いたくなかった。パパと一緒に号泣 してしまいました。 |
2002.3.23 |
後日、先生がパパがあんなに泣くなんてと言っていました。連れて行った状態で帰ってきました。 チップは長い毛のまま、綺麗な毛のまま逝ってしまいました。手術が本当に嫌なんだなあと思いました。4回の手術に耐えてくれたんですが、痛かったでしょうし、寂しかったんだと思います。 チップは死んでいるとは思えないくらい綺麗な顔で、まるで寝ているようでした。 お兄ちゃんはすぐ帰ってきたけれど、お姉ちゃんは遠くに入るので帰れません。号泣していました。 いつものように私と寝ました。違うのは命が有るのか無いのかの違いだけ。夜中に何度も起きては暖かくなって戻ってきてるのではと触っていました。 チップには編んで着せたコート、大好きだったりんご、いつも食べていた餌、等を入れた。寂しくないようにいつも二人で聞いていたテープを入れようと思っていたがダメだった。火葬場で荼毘に付しお骨になって帰って来ました。 チップは本当に孝行息子です。土、日にかけて終らせてくれたから。家族で送れたました。月曜日からのパパはお散歩道と通勤道路が同じです。通れないといっていました。 ママはペットロスの始まりです。 一年が経った今、チップの思い出と暮らしています。 チップのおかげで思いも寄らないくらい沢山のお友達が出来ました。日本中にできました。同じ思いをした方達とお話が出来たので、このページを作る事ができました。あの時の事を書けない。でも、忘れないうちに書かなければ、あの時の気持ちを残して置かなければと思っても書けない。とうとう、この日までかかってしまったのです。 あの時チップが不思議な声で鳴いたのは何故だろう。 逝きたくないよ、助けてと言っていたのかしら、もっと、早くに何かを してあげる事が出来たのでは・・・。情けないけれど分からない。 チップは私たちの厄を全部持って言ってくれたんでしょうか。もしそうなら 可哀想過ぎます。 チップ、今、どうして欲しいですか?ママに言いに来てよ。いつでも、待っているからね。 未だにパパとママは「チップただいま」と言って帰ってきます。 チップ、ありがとう |
| 最後まで読んで下さってありがとうございました。私のほんの思い付きから作った、自己満足で作ったHPでしたが チップが私にくれた思い出と共に宝物になりました。 サブタイトルの「ロケットの樹の下で」はチップが発売前に亡くなってしまい聞くことが出来ませんでした。 でも、発売前にチップから大きなプレゼントを貰いました。4月13日も私にとって忘れられない日になりました。 「ここは途中だ、旅の何処かだ」そう思い残りの人生をチップに恥ずかしくないように生きて行こうと 思っていますので宜しくお願い致します。 チップのママ |
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