[PR]100万円が無料で当たる!:今すぐ応募して現金を当てよう!

チップ、ありがとう

{ロケットの樹の下で}虹の橋へ


チップが我家にやってきた
1991.12.28

3月24日チップとさよならした日

チップ、元気にしてますか?
絶好調で遊んでる?
仲間が増えてよかったね。
虹の橋ってどんな所ですか?
お母さんが行くまで待っててよ。


いつも、笑顔でした
2000年の11月雪が薄っすら積もった頃、
チップの散歩の足跡が一個だけ引きずった後が見えてすぐ、病院に行きました。

三人の先生が見ても、引きずっている様には見えませんでしたし、実際そうでした。病院では緊張して歩いていたようなんです。レントゲンを取っても膝が磨り減っているかな位で、取りあえずサプリメントと消炎剤を貰って飲み始めました。

お薬は嫌がらずに飲む子でしたので、助かりました。

この下が大好き
12月のある日、突然、よろけて、前足が踏ん張れない状態になったので病院に連絡し診療を受けて、取りあえず11キロの体重を減らす事になりました。

フローリングは足に良くないので、カーペットを敷き詰める事にしました。

大好きなテーブルの下に入れなくなったチップは寂しそうにテーブルを見ているので、工房に頼んで、テーブルの足を10センチ高くすることにしました。

手のひらでも安心して寝ていました。
肉球がまだピンク
九才のお誕生日が過ぎてすぐから、症状が
出てきたように思います。

でも、これから、老年ですので色々、考えました。徘徊する様になったら使うためにと、ビニールプールを用意したり。本を読んだりもしなくてはと。
12月10日
一回目の入院。検査を兼ねて様子を見たいということで入院しました。

やはり、家ではよろけていても、病院では症状を出さないとか。帰ってビデオに撮りましょうかと言うほどでした。

狭いケージに入っていたので床ずれの様な物が出来ていました。

徘徊する時のためのプール、
使わなかった
2001.1月5日
この日から、ドンドン症状が悪くなりステロイドの量が増えてきました。

でも、まだまだ、私たちも余裕の看護でした。治ると思っていたんです。

最初の退院の時に狭い所を無理に入っていく、いつも右回りに左側の体を壁に付けながら歩いていく、今思えば徘徊の始まりだったようです。
1月29日
脊髄造影をする為に入院。

検査は無事終わり原因となりそうな所が見つかったんですが、その手術は容易な手術ではないそうで、北大に専門の先生がいるとの事でコンタクトを取る事にしたのですが。

ここで、考えました。手術をすべきか否かと。

私たちはしない方向で行こうと決めました。

レーザー治療を始めようとしましたがチップが
させないと言う事でした。
背中の毛が検査のため刈られてしまいました。真冬で寒いだろうとセーターを編んだり、お友達にお願いしてフリースで、コートを縫ってもらったり、入院中は必死で制作していました。逝ってしまうなんて思っても居ませんでした。

入院中は毎日、病院に電話をしました。
先生も何でも聞いて、飼主が疑問に思うことは何でも答えるといって、電話に出てくださいました。
安心できましたし感謝もしていました。
2月3日に退院してきました。
ステロイドの投与が長くなったので減らしながら様子を見ることになりました。


2月9日
徘徊がひどくなりよろけながら家中歩き回ります。薬のせいで食欲はあり、お水も良く飲みました。

外でしか用をたせないチップなので何度かは外に連れて行きました。ツルツル路面なので滑りながらでしたが、きちんと用をたしていました。
2月15日
この日は13時過ぎから16時過ぎまで息が荒く
落ち着きませんでした。

この辺りからステロイドが多くなってきました。
ステロイドを飲むと穏やかになりました。

17日以降は朝、夜逆転、
夜中を通して部屋の中を同じ方向に歩き回りました。
2月17日迄は多いとはいえステロイドは
一日一回一錠ほどでしたが、19日以降は一日二回で二錠ずつ、24日まで続きました。様子を見る為に再度入院。
四月からMRIが設置されて使えるようになるので詳しく調べたいという事でしたが、全身麻酔をしなければならず、怖さがありました。

この時も逝ってしまうなんて考えてもいませんでした。

尿道を手術して帰ってきた頃。
3月8日からアガリクスと鮫の軟骨が良いと聞き試す事にしました。食欲もあり飲んでくれました。

食欲は異常でした。

ステロイドの副作用と聞いていたので治るのなら仕方ないと思っていました。

いつもこうして見てました
3月17日から自宅でレーザー治療器を借りてレーザーを当てる事が出来ました。私の足の間にスッポリ入って寝かせてから当てるという風でした。

この頃は朝、夜逆転でしたが、日中でも眠りは浅くなっていました。

ママのスカートの中が安心

お手の第一のポーズ

お預けの第一のポーズ
レーザーは一日三回しかかけて揚げれませんでした。かけているのが分かると嫌がりましたから。

18日は夜寝てくれたのでレーザーが効いたのではと期待が持てました。
19日からは,
やはり寝てはくれません。

その時はまだ、痛みの為に起きて歩き回るのかとばかり思っていたのでした。

ステロイドを飲ませ続けていました。

お姉ちゃんと、シルエットが好き
全身力が入らなくなってきました。

何とも言われないような声をあげました。
犬の鳴き声ではありませんでした。
3月23日朝から様子がおかしいので、会社を早めに切り上げて帰ってきてもらいました。

この時期パパは大忙しなんですが。

パパの大好きな写真・バナーに使っています
24日、起きてくれません。
目は何となく開けますが。この日もあの鳴き声をあげました。

夕方、病院に連絡して連れて行くことにしました。

お布団ごと、静かに連れて行きました。

研修をするようで全員の先生がいらっしゃいました。

この場に及んでもまだ、治ると思っていたのです。


2001.3.25
3月24日夜9時過ぎに入院させました。
点滴をして様子を見るということでしたので置いて帰ってきました。
家に着くと同時に電話が鳴りました

「チップちゃんの心臓が停止しましたが蘇生をして持っています。
すぐ来てください。」という声がしているのですが、信じられません。
「え〜何で今置いてきたばかりなのに。」パパはお風呂に入ろうと
二階に下着を取りに行ってました。勿論、すぐ行きました。

置いてきた時はこれで、安心と思っていましたのでまさか!
病院に行くのが昨日なら助かっていたかも、早くに手術をしていたら助かったかも等頭の中はパニックでした。

今年と違い,まだ道路に雪がありました。夜道です。パパには安全運転してもらわなければ。20分の道のりですが、考える事が沢山ありました。

病院に着くと先生方全員で見てくださっていました。
チップは私たちを本当に待っていてくれました。器具につながれては居ましたが、先生が「チップは今は自分で呼吸していますがこれは注射をしているからです。」と。口から入っている管が苦しそうに見えました。

私達が着くまでと先生も頑張ってくれていました。それが良く分かりましたので「もう結構です」と言ってしまいました。これ以上してもチップは戻ってきません。だんだん身体が冷たくなり硬くなってくるのが分かりました。

でも、死んだなんて思わなかったし思いたくなかった。パパと一緒に号泣
してしまいました。

2002.3.23
後日、先生がパパがあんなに泣くなんてと言っていました。連れて行った状態で帰ってきました。

チップは長い毛のまま、綺麗な毛のまま逝ってしまいました。手術が本当に嫌なんだなあと思いました。4回の手術に耐えてくれたんですが、痛かったでしょうし、寂しかったんだと思います。

チップは死んでいるとは思えないくらい綺麗な顔で、まるで寝ているようでした。

お兄ちゃんはすぐ帰ってきたけれど、お姉ちゃんは遠くに入るので帰れません。号泣していました。

いつものように私と寝ました。違うのは命が有るのか無いのかの違いだけ。夜中に何度も起きては暖かくなって戻ってきてるのではと触っていました。

チップには編んで着せたコート、大好きだったりんご、いつも食べていた餌、等を入れた。寂しくないようにいつも二人で聞いていたテープを入れようと思っていたがダメだった。火葬場で荼毘に付しお骨になって帰って来ました。

チップは本当に孝行息子です。土、日にかけて終らせてくれたから。家族で送れたました。月曜日からのパパはお散歩道と通勤道路が同じです。通れないといっていました。

ママはペットロスの始まりです。

一年が経った今、チップの思い出と暮らしています。
チップのおかげで思いも寄らないくらい沢山のお友達が出来ました。日本中にできました。同じ思いをした方達とお話が出来たので、このページを作る事ができました。あの時の事を書けない。でも、忘れないうちに書かなければ、あの時の気持ちを残して置かなければと思っても書けない。とうとう、この日までかかってしまったのです。

あの時チップが不思議な声で鳴いたのは何故だろう。

逝きたくないよ、助けてと言っていたのかしら、もっと、早くに何かを
してあげる事が出来たのでは・・・。情けないけれど分からない。

チップは私たちの厄を全部持って言ってくれたんでしょうか。もしそうなら
可哀想過ぎます。

チップ、今、どうして欲しいですか?ママに言いに来てよ。いつでも、待っているからね。

未だにパパとママは「チップただいま」と言って帰ってきます。

         チップ、ありがとう

最後まで読んで下さってありがとうございました。私のほんの思い付きから作った、自己満足で作ったHPでしたが
チップが私にくれた思い出と共に宝物になりました。

サブタイトルの「ロケットの樹の下で」はチップが発売前に亡くなってしまい聞くことが出来ませんでした。
でも、発売前にチップから大きなプレゼントを貰いました。4月13日も私にとって忘れられない日になりました。
「ここは途中だ、旅の何処かだ」そう思い残りの人生をチップに恥ずかしくないように生きて行こうと
思っていますので宜しくお願い致します。
   チップのママ


[PR]≪看護師≫の専門求人サイト♪:週3日・長期で探す『医療介護ワークス』